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止まぬ独り言

ずっと茶の間の塚田担

「穴」から戦争を知ろう

塚田僚一渡部秀二人舞台「ボクの穴、彼の穴。」が無事に全公演を終了したそうで、ひとまず安心しました。自分の方針もありましたが、それ以前に結局仕事があるので端から観に行けるわけない現場です。でも、「塹壕」というキーワードがあったので、これは面白いかもとは思っていました。

 

戦争で穴といえば、「塹壕戦」。「塹壕」とは、砲撃や銃撃から身を守るための穴。「塹壕戦」がメジャーだったのは第一次大戦日露戦争時で、それを突破するために実にさまざまな戦術が展開されました。そんな無敵の防御を誇る塹壕でも、降雨があれば水はけの悪さから足が腐り切断せざるをえなくなったり、衛生環境も最悪のため常に悪臭がしていたり、壕の中の人口が多ければ病気が蔓延したりと、その様相はまさに「地獄」だったそうです。加えて、常に爆音を伴う砲撃や銃撃を聞いているために、「シェルショック」と呼ばれるストレス反応(戦闘後遺症)が多くみられたといいます。もう知れば知るほどその恐ろしさに身震いするような感覚になります。この舞台は原作が絵本なので(読んでいませんが)、きっとそういう生々しい描写までは表現していないだろうし、まず出来ないですよね。

今回の塚ちゃんの舞台について、ひとつひとつの公演が終わるごとにネットで感想を読んでいました。とても好評だったようで、その中でも塚ちゃんや渡部さんの具体的なセリフとか動きが書かれた感想があったのですが、戦争エンターテインメントにありがちな綺麗事だけを並べたりせず、塹壕の中の狂った兵士の有様も意外ときちんと描かれていたようなので(それでも現実的ではないでしょうけれど)、観に行かずとも素晴らしい舞台だったんだろうなということが伝わってきました。塚ちゃんが出演していなくても興味の湧く作品です。上演時間は80分~90分だったそうで、ちょっと短い印象も受けましたが、そういう「普通の状態じゃない人間」を長時間演じるだけの精神力を保つのは難しいのではないかと思います。たぶん疲弊が凄かったんじゃないかな。戦争経験者でもない塚ちゃんと渡部くんがどうやって壕の中の兵士の精神状態を学んだのかをすごく知りたいです。

日本は今では武力とは無縁の平和な国になりました。自分は過去の戦争を否定しません。否定したら当時の人々の価値観とか生活まるごとを否定することになると思うからです。もちろん戦争なんてしたくない人はたくさんいたはずですが、そういう人々もどこかで自分を犠牲にして生きていたのですから、それを否定してしまうのは申し訳ないです。ここ数年、日本全体もそうだし自分もそうだなと思うのが、戦争があったということとそれがどういう戦いだったのかということについて、積極的に「知ろう」としなくなったなということと、そういうことに思いを馳せる余裕がないということです。過去の戦争を知ろうと思ったら、その情報量が半端ないのもありますが、現代の自分たちには当時のすべて(戦争そのものの経緯や経過、惨状、人々の思い)が重すぎるのかもしれません。否定はしなくても受け止めきれない。

それでも日本は何と言っても唯一核攻撃を受けた国です。戦争の悲惨さを世界のどの国よりも経験した国です。そういう国に生まれて生きているのに何も知らない語れないのはおかしいということに気付くべきであり、なぜ平和が大切なのか、どうすれば平和になるのか、それをきちんと説明し訴えることが出来るのは日本人の特権だと思います。こういう作品を知って、感動して終わるだけにしない、そこからさらに考えを深めていく、自分なりの戦争や平和に対する意見を明確に持つ、そこまでいって初めてこの作品と向き合ったと言えるのではないでしょうか。自分も早速原作を読もうと思います。

 

あと、自分は塚ちゃんがこの仕事に出会ったのは運がたまたま転がり込んだみたいなことではなくて、塚ちゃんがまさしく自身で掴んだもの、掴むためにいろいろなことを学んできた結果だと思っています。塚ちゃんは学びの人であり、学んだことを実践し、そこからさらに学ぶ、まなぶくんです。貪欲さが仕事でいい方向に活かされるのも、やりっぱなしで終わらない、学びの姿勢を失わないからではないでしょうか。

 

以上、観にも行っていない舞台について茶の間が語りました。めちゃくちゃですみません。読んで下さってありがとうございました。